「してあげる」が、できることを奪っていく
介護は「してあげること」だと思われがちです。やさしさから、つい全部やってあげたくなります。でも——
立てるのに座らせたまま、歩けるのに車いすで運び、食べられるのに口に運んでしまう。これを続けると、使われなくなった力はどんどん衰えていきます(廃用といいます)。できることを先回りして奪うほど、本人は弱り、介護はもっと大変になっていく。よかれと思った介助が、裏目に出てしまうのです。
立つ・食べる・歩く——その一つひとつが、リハビリ
特別な運動をしなくても、毎日の動作そのものがリハビリになります。自分で立てば足の力が保たれる。自分で食べれば飲み込む力が保たれる。日常が、その人の力を守っているのです。
だからおうちリハが大切にしているのは、たったひとつ。
介助しない介護。
日常生活を、その人のリハビリにする。
日常は、
リハビリの種で溢れている。
— りはすけが、ずっと現場で感じてきたこと
特別な道具も、特別な場所もいりません。着替え、買い物、誰かとの会話、好きだった歌——見方をほんの少し変えるだけで、あなたの家の“当たり前の毎日”は、リハビリのきっかけで溢れています。それを見つける目を、このサイトで一緒に育てていけたら、と思っています。
そのための、2つの考え方
環境を整えて、本人の力を引き出す
椅子の高さ、クッション、手すり、声のかけ方。周りを少し変えるだけで「自分でできる」が戻ります。道具は楽をさせる物ではなく、力を取り戻す物です。
どこを助ければできるか、を見つける
全部やると、できることまで奪います。膝を少し支えるだけ、骨盤を少し導くだけ。“その一点”を見つければ、本人の力で動けます。
私は「先生」ではなく、「助っ人」でありたい
主役は、いつもご本人と、支える家族です。私は一人の作業療法士として、上から教える“先生”ではなく——体の動きを見て、その人に合った“ラクな動き方”や“暮らしの環境”へ導く、動きの専門家としての“助っ人”でありたいと思っています。「こうしなさい」と指図するのではなく、困ったときに「ここを、こうするとラクですよ」とそっと差し出す。私には、それくらいの距離が、ちょうどいいと思っています。
このサイトも同じです。難しい知識を全部覚える必要はありません。今日の「立てない」「むせる」「転びそう」を、ひとつ軽くする。その手伝いができれば十分です。
まずは、ここから
考え方が伝わったら、あとは具体的な一歩です。困っていることから読んでみてください。